2026年03月17日

大阪歴史博物館を巡る(前編)

こんばんは!(^o^)
今日と明日は大阪歴史博物館を取り上げます。

3月9日は月曜日で休みの博物館・美術館が多いんですが、こちらは火曜休館でした。
一度入りましたが、その時は記事にしなかったので今回が初めてです。
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大阪歴史博物館。
撮影している位置は旧大阪放送会館跡地の「なノにわ」にて。こちらは難波宮跡が眠っている場所で有名ですね。

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隣にはNHK大阪放送会館が。

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法円坂遺跡に再現された高床倉庫。

1階でチケットを見せて、直通エレベーターで10階まで一気に向かいます。
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難波大阪のレリーフがお出迎え。
大阪の歴史は非常に長く、少なくとも前期難波宮に遷都された651年(白雉2年)まで遡ります。

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10階フロアには後期難波宮の太極殿が再現されています。
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色とりどりの衣装を召した人々が祭祀を行う様子も。
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難波宮跡公園に再現された太極殿基壇。
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内裏正殿の基壇もなノにわ開業に合わせて整備されました。

難波宮は前期と後期に分かれており、前期は孝徳天皇が651年(白雉2年)が遷都を宣言し翌年の造営が完了。654年(白雉5年)に奈良県明日香村の飛鳥板蓋宮に遷都するまでの4年間「首都」になっていました。
683年(天武天皇12年)から686年(朱鳥元年)にかけて、聖武天皇が複都制の詔を出して飛鳥との複都制になっていました。今、副首都構想が話題になっていますが1300年以上も昔には「副首都」になっていたことが興味深いものです。

後期は744年(天平16年)に聖武天皇が遷都を宣言、しかしこちらは翌年745年(天平17年)に滋賀県信楽町の紫香楽宮に遷都することになり、一時的なものだったようです。
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前期難波宮の模型。
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今の大阪歴史博物館の位置には複数の高床倉庫があったようです。

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後期難波宮の模型。
こちらは太極殿などの建物が長岡京に移設されたとか。

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陶器や木簡なども多数発掘されています。

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瓦や銅銭も。
これを見ると大阪の歴史の長さに感嘆とさせられるばかりです。

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遣唐使の出港地が住吉津だったことも証明するように、大阪は昔から海外との交流も盛んな街でした。
難波津はそれよりも少し北にあり、難波津から中国や朝鮮半島からやってきた渡来人によって仏教や技術が伝来してきました。

8階に降りていくと時代は古代から中世へ入っていきます。
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中世時代の大阪の街並み。
屋根が石で留められているなど、まだ瓦はあまり使われていないようです。

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大坂本願寺(石山本願寺)御影堂。
今の大阪城はこの石山本願寺の跡地に作られました。

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自治都市である堺は交易で大いに栄え、平野も杭全神社を中心とした住民の強い結束で栄えていました。

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広島藩の蔵屋敷。
こういった蔵屋敷が大阪には多数あり、そこに各地のコメなどの産物が集まり、全国に売られていくことから「天下の台所」と呼ばれるように!
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物資を出し入れしやすいように船溜まりが整備されていたようです。

明日も続きます!
天下の台所という商業的な顔以外の大阪の見ていき、そして時代は現代に近づいていきます。
posted by 大阪のしろきち at 00:00| 大阪 ☀| Comment(0) | 街あるき&ツーリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする