2020年05月26日

日根神社(2020年5月・後編)

こんばんは!(^o^)
今日は日根神社(大阪府泉佐野市)の前編からの続きです。

前回はちょっと語りすぎたので、今回は簡潔に行きます。
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表門をくぐります。
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拝殿。
建築時期は不詳ながらも、江戸時代頃の建築のようです。

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本殿。
桃山造の美しいシルエットがいいですね(*´ω`*)
大阪府の指定文化財に指定されています。

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本殿の隣の建物。
何の建物かは分かりませんでした(´;ω;`)(ご存じの方はコメント欄でご教授ください)

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門を本殿側から。
右側は授与所になっています。この時は閉まっていました。

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拝殿を左側に回ると摂社の新道宮が見えてきます。

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今度は門を新道宮側から。
初詣になると結構賑わいそうな雰囲気です。

もちろん新型コロナウイルス収束と私自身の再就職実現に向けて、お参りしてきました。
九州出張中から神社には頻繁に足を運んでいましたが、やはり心が癒やされる良き空間です。

さて次回(5月25日)はありとほし薪能の蟻通神社です。
ラベル:日根神社 日根野
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2020年05月25日

【隔日刊】Every Second Day ワールドニュース「第3号:馬だって外出したいんです・・・」

こんにちは!(^o^)
2日に1回の「Every Second Day ワールドニュース(略してESDワールドニュース)」をお送りします。

今日は読売新聞から「 大井競馬場から馬脱走…逃走1・3キロ、交差点で車と衝突か 」です。
そりゃ馬だって、たまには外出したいんです(´;ω;`)
「 大井競馬場から馬脱走…逃走1・3キロ、交差点で車と衝突か 」2020/05/25 13:45
 25日午前11時15分頃、東京都品川区東大井の都道交差点付近で、「馬が逃げている」と通行人から110番があった。警察官が駆けつけると、競走馬とみられる馬1頭が路上におり、その場で確保された。

 警視庁大井署などによると、馬はこの交差点でワゴン車と衝突したとみられ、けがをしているという。(以下省略)

まずは怪我をされた方には一日も早いご快復をお祈りいたします。
競輪・競艇・オートレースといった公営競技が軒並み無観客実施になる中、競馬も例外ではなく、大井競馬場で開催されている東京シティ競馬も無観客実施が続いています。
大井競馬における無観客競馬の継続等について」(東京シティ競馬)
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大井競馬場の全景(Google Earthより)

いつもは観客からの歓声が飛び交う馬場も、ここ数ヶ月は静まり返っており、環境が激変してしまった。
それで恐らく人間以上に馬達のストレスもあったんでしょうね・・・・・(´・ω・`)

実は私自身、一度競馬場には行ってみたいと思っているんですが、なかなか機会がありません。
既にボートレース大村(競艇)では観客を入れて実施しているとの事で、一日も早い通常開催が望まれます。

馬達がストレスから解放されるためにも・・・・・
posted by 大阪のしろきち at 16:55| 大阪 ☁| Comment(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日根神社(2020年5月・前編)

こんばんは!(*´ω`*)
健康維持とマスクを求めて、少しばかりバイクで走っていました。

今回は新型コロナウイルス退散祈願を兼ねて、日根神社と蟻通神社(どちらも大阪府泉佐野市)へお参りに。
日根神社の創建は不詳、少なくとも西暦716年(霊亀2年)頃には「和泉五社」として位置付けられていましたから、最低でも1300年以上の歴史を誇ります。
古代社格(延喜式神名帳)では式内社、近代社格では当初は郷社、後に府社に挙げられています。
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二の鳥居。
実は北側に石造りの一の鳥居があったのですが、今回は撮影していません。

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朱色の二の鳥居を通って石橋を渡ると、三の鳥居。

三の鳥居を通り抜けると、右手に摂社が見えてきます。
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比賣神社。摂社ですが、式内社でもあります。
こちらの社殿は朱色の柱が印象的です。屋根が少し自然と同化しつつありますが、これはこれで良さ気です(^o^)

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摂社。
少し規模の大きな神社だと複数の摂社が同じ神社の境内にある事が多いです。

関西の鉄道ファンの中ではお馴染みの「日根野」という地名、実はこの日根神社に縁があります。

神倭伊波礼毘古命(神武天皇)が東征を行う時に、河内から大和へ入る際、長髄彦と戦い破れてしまいました。
その際に退却した場所が今の日根野の地で、ここで日の神様である「天照大御神」、根の神様である「須佐之男命」を祀った所、そのご利益からか見事大和を平定。
その事から「日根野」という地名が生まれ、そして神社の名前を「日根神社」にしたと伝えられています。

現在は日根野駅周辺はマンションが多く建ち、日根ジャスことイオンモール日根野もあり発展しています。
一方、日根神社の周辺は落ち着いた農村の雰囲気で、そのグラデーションが日根野の面白さでもあり魅力かもしれませんね(^o^)
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野々宮集会所。
純和風建築の重厚な雰囲気がたまりません。

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四の鳥居。

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鐘楼。
神社に鐘楼は珍しいと思い調べてみると、実際には隣接する寺の「慈眼院」の鐘楼でした。
もっとも慈眼院自体が日根神社の神宮寺として開創された経緯があります。

かつて日本は「神仏習合」が当たり前に行われており、神社の中にお寺(神宮寺)が設けられるのが普通でした。
明治維新の「神仏分離令」で神仏習合は無くなったことになりましたが、実際には今でも寺の中に神社があるケース(京都の清水寺、和歌山の粉河寺)や、この日根神社のように神社の隣が寺(慈尊院)というケースがあり、完全に無くなったとは言えません。

ちょっと長くなってしまいましたので、続きは明日に回しますm(_ _)m
ラベル:日根神社 日根野
posted by 大阪のしろきち at 00:00| 大阪 ☁| Comment(0) | 街あるき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする