2020年10月15日

天野山金剛寺(前編・2020年10月)

こんばんは!(*´∀`*)
新しいバイクが手に入り、行動範囲は更にぐっと広がった印象です。

その第一弾として今回は大阪府河内長野市の天野山金剛寺を前後編でお送りします。
因みにバイクで駐車する場合も500円必要になります(2020年10月13日現在)。

拝観料は見事な庭園のある本坊で400円、2018年(平成30年)に落慶した金堂のある伽藍で200円、共通券は500円で今回は共通券を使って本坊→伽藍という順番で拝観してきました。
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本坊の寺務所。
こちらで日頃の寺に関する業務を行っています。風情のある出で立ちがたまりません(*´∀`*)

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その前のお庭、池には鯉が何匹か悠々泳いでいます。

天野山金剛寺、創建は天平年間(西暦729年〜748年)と言われており、1300年近い歴史を誇ります。
この地で高野山を開創した弘法大師空海が修行したとも伝わり、後醍醐天皇の時代には勅願寺として重要な位置づけの寺院でもありました。

こちらの本坊、南北朝時代には南朝側の行宮が6年間置かれたという歴史があります。
行宮といえば賀名生行宮(奈良県)や吉野行宮(奈良県)が有名かと思いますが、こちらにも実は置かれていました。
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素晴らしき国宝庭園こと「天野山金剛寺本坊庭園」。
石に苔がびっしりと付き、緑が青々としていて実に美しい庭園です。

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実は南朝側の拠点でもあったのと同時に、北朝側もここに滞在していたという歴史があります。
南朝と北朝は対立関係、火花をこの至近距離で散らしていたと思うと何とも興味深いものです。

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この渡り廊下を歩けば、北朝側の上皇が滞在していたという「奥殿」です。

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奥殿の庭園。
北朝側の上皇はこの庭園を眺めながら、おそらくは思いに耽っていたことでしょうね・・・・・

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大玄関。

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持仏堂。
実のところを言えば、本坊は江戸時代に再建されたものだそうで、厳密に言えば南北朝時代のそれとは違うとは言え、雰囲気は十二分に感じられます(*^_^*)

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客殿。

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石畳のカエル。

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本坊の門。

天野山金剛寺の別名は「女人高野」。明治時代までは高野山は女人禁制でしたが、こちらは女性でも参拝できたため、そう呼ばれるようになったそうです。
さて、次回は修復が終わり鮮やかさを取り戻した、金堂と多宝塔のある伽藍を見ていきます!(^o^)
posted by 大阪のしろきち at 00:00| 大阪 ☀| Comment(0) | 街あるき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする