2021年02月28日

賀名生梅林を愛でる(後編)

こんばんは!(*´∀`*)
奈良三大梅林の一つである賀名生梅林(奈良県五條市賀名生)。

今日は前編から引き続き、取り上げていきたいと思います。
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賀名生の里 歴史民俗資料館の石畳通路。
素晴らしい風情を感じます。

ここからはバイクに乗って、2万本の梅の花による「大スペクタル」を楽しんでいきたいと思います。
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ここの梅林は車に乗りながら梅の花を堪能できます。
バイクなら尚更です。

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全体的には「まだまだこれから」(2月23日時点)といった印象でした。
それでも非常に綺麗です(*´∀`*)

梅には南高、白加賀、林州なども品種があります。
花の色は南高と白加賀が白色(白梅)、林州がピンク色、そして紅梅と呼ばれる赤い花を付ける梅も植えられていました。
いずれの梅も初夏頃には収穫されて、梅酒に梅干しと加工されていきます。

ちょっと話を変えますが、賀名生皇居は1336年(延元元年)に足利尊氏の攻勢に追い詰められた後醍醐天皇が京都から吉野へ追われた際、その途中で立ち寄りました。

その時に賀名生に住んでいた「堀孫太郎信増」が手厚くもてなし、その後後村上天皇、長慶天皇、後亀山天皇と続く南朝側の皇居として使われるようになりました。

幕末に天誅組に属していた元土佐藩士・吉村寅太郎が筆を取り「賀名生皇居」という扁額を作ったことも、賀名生皇居と呼ばれ続ける所以になっていると感じます。
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賀名生皇居の扁額。
ちなみに実物は賀名生の里 歴史民俗資料館に展示されています。

では、再び梅に戻りましょう。
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これは林州のようです。

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こちらは白梅でしょうか。
どれも綺麗ですね(*^_^*)

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可愛らしい紅梅が咲き誇っています。

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桃源郷ならぬ梅源郷といっても良さそうです。

かつての南北朝時代の南朝側の拠点として歴史に名前を刻んだ賀名生の地。
今では梅の素晴らしい名所として、多くの人々を惹き付けている気がしました。

皆さんも是非、足を運ばれてみては如何でしょうか(*^_^*)
特にライダーの皆さんにはオススメです!
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2021年02月27日

賀名生梅林を愛でる(前編)

こんばんは!ヽ(=´▽`=)ノ
今週の火曜日は天皇誕生日、今上天皇が61回目の誕生日を迎えられました。

この日の記事として生國魂神社をご紹介しましたが、実際の天皇誕生日にどこへ行ったかと言うと奈良県五條市の「賀名生」という所です。
「賀名生」と書いて読みは「あのう」、一見しただけではまず読めない難読地名であります^^;

この地区と皇室は深い関わりがあります。
それは後ほどご紹介するとして、まずは・・・・・
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賀名生旧皇居と梅の花。

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五新線(未成線)の橋脚と梅の花。

最初の2枚だけ、いつもより画質を上げてお送りしますm(_ _)m
なんでも南北朝時代から賀名生は梅林で有名な土地だったそうで、明治以降は梅の実を収穫するために更に植林が進み、更に大正時代には東宮(昭和天皇)のご成婚を記念して5000本もの梅の木が植えられたそうです。

今では奈良県の三大梅林の一つに数えられており、毎年多くの観光客が梅の香りと梅の花を楽しみに来るわけです(*´∀`*)
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丹生川の清流と梅の花。

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賀名生皇居。
正式には「堀家住宅」といい、現在はカフェ&レストランとして活用されています。

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観光マップ。
かなり年季が入っているようです^^;

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賀名生の里 歴史民俗資料館。
2004年(平成16年)に開館しました。町家風の木造造で館内は南朝と(賀名生のある)西吉野地域の歴史を中心とした展示がメインです。

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伝承館。
こちらは大和造の建物で、主に研修施設として貸し出されています。

次回はより深く、詳しく賀名生梅林を見ながら、賀名生皇居について触れていきたいと思います。
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2021年02月26日

推古天皇陵と叡福寺(大阪府南河内郡太子町・後編)

こんばんは!ヽ(=´▽`=)ノ
今日は大阪府南河内郡太子町の叡福寺、更に見ていきたいと思います。

叡福寺は724年(神亀元年)に聖武天皇によって創建されたと伝えられています。
聖徳太子が眠るとされる聖徳廟を守るために作られたとされ、現在では法隆寺・四天王寺と並んで太子信仰の中心としてあり続けています。
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客殿。
旧高屋城の古材を用いて建てられたものだそうで、風格が凄くあります。

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南大門。
1958年(昭和33年)に再建され、左右には金剛力士が鎮座しています。

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西方院への入口。
こちらはかつて叡福寺の塔頭でした。

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左側は宝塔。
右側は南大門。南河内に金剛寺、観心寺に劣らぬ伽藍を誇る寺があることに感銘を受けました!

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金堂。
こちらに御本尊の如意輪観音坐像が安置されていますが、中の様子を伺うことは出来ませんでした。。。

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聖霊殿。
名前の通り聖徳太子16歳植髪等身像がお祀りされています。この寺が如何に「聖徳太子」のために建立されたかが分かりますね。

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聖徳太子御廟。
皆さんご存知の聖徳太子、穴穂部間人皇女、膳部大郎女の三体が合葬されています。

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古墳にしては珍しくしっかりとした建物があり、三段重ねのお堂になっています。

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聖徳太子御廟の入口。
立派な門です。

今年2021年(令和3年)は聖徳太子1400年御遠忌が執り行われます。
いい機会なので四天王寺、法隆寺も改めてお参りしたいと思いつつ、南阪奈道路をバイクで走って帰りました。

こういう小旅行はいいもんですね(*´∀`*)
皆さんもぜひバイクがあれば、お試しあれ!
posted by 大阪のしろきち at 00:00| 大阪 | Comment(2) | 寺社仏閣巡り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする