2017年03月30日

卒業記念だョ?シンガポール旅行(その6:シンガポール植物園編)

前回はセントーサに行ってきましたが、今回はシンガポール植物園へ。
しかも嬉しいことにオーキッド・ガーデン以外は無料です(^^)

セントーサ・・エクスプレスでハーバーフロント駅に戻り、MRT環状線でボタニカルガーデン駅へ。
ここはシンガポールで初めての世界文化遺産になった施設でもあります。
P3254316.JPG
ここから入っていきます。


P3254328.JPG
案内図。
敷地は非常に広大で一周するだけで3時間かかるとも言われています。


P3254340.JPG
一体何の鳥でしょうね?^^;


P3254342.JPG
バンブーコレクション。
竹の並木です。


おや、こんな所に素晴らしき近代建築を発見!
P3254363.JPG
ザ・ガレージ。
名前の通り元々は車庫として使われましたが、現在はリノベーションされてレストランとして活用されています。


P3254382.JPG
実に自然豊かでシンガポールの「ガーデンシティ」という一面を思い出させてくれます。


P3254385.JPG
ナッシムゲートのビジターサービス。
雰囲気の良いカフェがあります(ここでアイスコーヒーを注文し一休み)


P3254395.JPG
大きな木です。
いかにも南国チック。


P3254409.JPG
南国らしいお花。
何の花でしょうか?


P3254419.JPG
遠くに見える曲線状の建築物がシンフォニーステージ。
ヤシの木に囲まれた芝生が客席となるようです(いやぁ、いいですね)。


P3254434.JPG
ナショナルオーキッドガーデンの入口。
今回は入場しませんでしたが、世界最大級の蘭園だそうです。


P3254433.JPG
うん、綺麗!(^o^)


P3254443.JPG
ジンジャーガーデンからオーキッドプラザを眺めてみる。


なんだか雲行きが怪しくなってきました。
とりあえず東屋へ避難・・・・・
P3254458.JPG


雲行きが怪しいと思ったら、持ったのでまた移動。
P3254474.JPG
この階段の煉瓦は第二次世界大戦中に日本軍がシンガポールを支配した時、捕らえられた捕虜が作ったものだそうです。
あの戦争の記憶です・・・・・

シンガポールは戦時中、日本軍が支配した時期がありました。
その時シンガポールという名前は消され「昭南」、そしてこの植物園も「昭南植物園」として名前を変えられました。

そしてその植物園を守ろうとした日本人の名前は田中舘秀三。東北帝国大学で地質学を研究していた博士でした。
イギリス人のコーナー博士の窮状を知った彼は、マレーの虎として知られていた山下奉文大将の元に直談判に行き昭南植物園の園長としてコーナー博士始めとする捕虜になってしまったイギリス人学者と共に研究を行うことになりました。
1943年に彼はシンガポールを去るわけですが、京都帝国大学で教鞭を執っていた郡場寛が二代目の園長となり、引き続きイギリス人学者との研究を続けました。

結果として終戦まで植物園は守られる事になり、今日に至っています。
P3254479.JPG
実に美しい洋館です(名前忘れました^_^;)
特に窓周りのデザインがいいですね。


そうこうしている内にまた雨、しかも今度は本格的なスコールが!
P3254484.JPG
なぜかポッカの自販機、しかも日本式!

東屋の中でスコールを凌いでいる時に色々と物思いに耽けておりました・・・・・

スコールがマシになった頃合いを計らって、植物園から近くのバス停へ。
P3254488.JPG
タングリンゲート。


P3254523.JPG
75番バス、これでマーライオンの近くまで行くことが出来ます(^o^)
車種はマン NL323F。


次回はマーライオンから!
posted by 大阪のしろきち at 10:00| 大阪 ☀| Comment(0) | 旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]