2020年03月08日

3月の長崎を歩く(その2)

こんにちは!(*´∀`)
本日深夜の記事(その1)に続いて、第二弾です!

グラバー園の旧三菱第2ドックハウスと旧リンガー住宅を取り上げましたが、今回はその続き旧オルト住宅から。
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1865年(慶応元年)に建てられ、長崎で製茶業を営んでいたウィリアム・ジョン・オルトが3年間居住していました。
その後、学校や米国領事館として利用された後、リンガーの長男一家が太平洋戦争勃発まで居住。1943年(昭和18年)に川南工業が購入し、1970年(昭和45年)に長崎市が購入して現在に至ります。
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屋根は瓦、外壁や窓は洋風の和洋折衷建築です。
神戸の異人館も近い雰囲気ですが、こちらはより和のエッセンスが強い印象です(*´∀`)

長崎は早くから開港地として指定(1859年(安政6年)のことでした)され、多くの外国人が長崎に居を構えました。
それ以前も出島でオランダ人が、唐人屋敷に中国人が住み、それぞれ交易を行うなど、鎖国時代においても重要な貿易拠点でした。

それだけに長崎の地元料理も中国やオランダ、そしてそれ以前にポルトガルの地元料理のエッセンスもぶんだんに取り入れられています(^o^)
(ちなみにこの日の昼食は新地中華街の京華園さんで皿うどんと豚角煮まんじゅうを頂きました(*´ω`*))
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それを示す建物が旧自由亭。
1878年(明治11年)にこの建物が建てられました。

自由亭のオーナーだった草野丈吉はオランダ公使の調理師として活躍、その後1863年(文久3年)に日本初の西洋料理店・良林亭を開店し、1867年(慶応3年)に自由亭と名を改めました。

つまり長崎が日本における西洋料理の最初の始まりなもの頷けます。
そこから洋食文化が花開き、カレーライスやハンバーグ、ミートスパゲティにグラタン、ドリアと・・・・・(腹減ってきました^^;)

さて、グラバー園でもメインとなる旧グラバー住宅。
ただこの時は修復中で中を見ることは叶いませんでした。
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その分、間近から修復の様子を伺うことが出来ました(*´∀`)
世界文化遺産をこんな所から眺められる機会は早々ないでしょう。
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本格的な解体修理で非常に大掛かりです。
文化遺産を守っていくことの重要性を感じます。
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屋根が取り除かれています。
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仮囲いに囲まれた旧グラバー住宅。

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長崎伝統芸能館。
日本三大祭の一つ、長崎くんちで使用される傘鉾が展示されています。
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唐津や博多でも行われていますが、長崎のくんちが最も規模が大きいようです。
それにしても傘鉾が船のようで豪華絢爛です(*´ω`*)

長崎伝統芸能館の土産物売り場を通り抜けると、グラバー園そのものの出口に。
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グラバー園出口付近にある南山手十六番館。
1860年(万延元年)に建てられた日本最古の洋風木造建築です(*´∀`)
ホテルとしても活用され、現在は資料館兼土産物店になっています。

さて次回は大浦天主堂から長崎の街を巡っていきます(^o^)
ラベル:グラバー園 長崎
posted by 大阪のしろきち at 15:33| 大阪 ☁| Comment(0) | 街あるき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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