2020年03月18日

火山都市・鹿児島を歩く!(集成館の名残をみる)

こんばんは!(*´∀`)
昨日までは仙巌園を取り上げてきましたが、今日は日本初の本格的コンビナートの集成館を見ていきます。

1851年に当時の薩摩藩主であった島津斉彬によって、事業が始まりました。
反射炉による製鉄や造船、ガラス加工、更には武器弾薬や食品も製造されており、手広く行われていました。
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2015年に「明治日本の産業革命遺産」として旧集成館の反射炉跡・機械工場、そして異人館が世界文化遺産に登録されました。

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反射炉跡。
かつてはここに反射炉があり、実際に鉄製の砲弾などに使う鉄が製造されていました。

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ここから日本の重工業が始まったと言っても過言ではありません。
尚古集成館の館内(撮影禁止だったので写真はありませんが・・・)では、立派な反射炉の復元模型が展示されていました。

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現在残っている箇所は送風口の相当する部分で、ここから反射炉に空気を送り温度を上げることによって鉄を溶かしていました。

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残念ながら1863年の薩英戦争で破壊されてしまい、今はこうして基礎しか残っていませんが、ここから日本の重工業は始まったと言っても過言ではなく重要な証です。

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日本庭園と日本初の工業コンビナート。
一見すると相容れないものですが、それだけ鹿児島の進取の気性を感じられるものでもあります。

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旧集成館機械工場(尚古集成館本館)。1865年に完成した日本でも最古の石造による洋風建築です。
館内は博物館になっており、集成館に関する展示物や島津家に関する展示物が豊富に展示されていました(*´∀`)

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重厚な石造りの建物、玄関もなかなか良い雰囲気です。
ただ残念ながら館内は撮影禁止(´;ω;`) ぜひとも皆さんの目で見ていただきたい所ですm(_ _)m

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尚古集成館別館。
こちらは1990年に完成しましたが、本館に外観を合わせてあります。

実は紡績事業も集成館事業の一つとして1867年には鹿児島紡績所が建てられています。
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仙巌園の敷地を出て、セブンイレブンを近くを通り抜けると旧鹿児島紡績所の石碑が立っています。
尚古集成館本館の内部では鹿児島紡績所で使われてきた紡績機が展示されています。

鹿児島紡績所で学んだ技術者が日本各地に散らばり、富岡製糸場(世界文化遺産)などといった紡績所・製糸場が出来ていきました。
この一帯から日本の近代産業が始まり、そして今の先進国・日本が作られるキッカケが出来たわけです。
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旧鹿児島紡績所技師館(異人館)。日本でも最初期の本格的な洋風建築で可愛らしい建物です(*´ω`*)
こちらは鹿児島紡績所の外国人技術者が居住する建物として1867年に建てられました。
1897年に閉鎖し、その後鹿児島城近くの学校に移築された後、再び今の場所に移築されました。

それでは次回は桜島をフェリーで320円でクルーズします!(*´∀`)
posted by 大阪のしろきち at 00:00| 大阪 ☁| Comment(0) | 街あるき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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