2020年05月25日

日根神社(2020年5月・前編)

こんばんは!(*´ω`*)
健康維持とマスクを求めて、少しばかりバイクで走っていました。

今回は新型コロナウイルス退散祈願を兼ねて、日根神社と蟻通神社(どちらも大阪府泉佐野市)へお参りに。
日根神社の創建は不詳、少なくとも西暦716年(霊亀2年)頃には「和泉五社」として位置付けられていましたから、最低でも1300年以上の歴史を誇ります。
古代社格(延喜式神名帳)では式内社、近代社格では当初は郷社、後に府社に挙げられています。
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二の鳥居。
実は北側に石造りの一の鳥居があったのですが、今回は撮影していません。

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朱色の二の鳥居を通って石橋を渡ると、三の鳥居。

三の鳥居を通り抜けると、右手に摂社が見えてきます。
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比賣神社。摂社ですが、式内社でもあります。
こちらの社殿は朱色の柱が印象的です。屋根が少し自然と同化しつつありますが、これはこれで良さ気です(^o^)

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摂社。
少し規模の大きな神社だと複数の摂社が同じ神社の境内にある事が多いです。

関西の鉄道ファンの中ではお馴染みの「日根野」という地名、実はこの日根神社に縁があります。

神倭伊波礼毘古命(神武天皇)が東征を行う時に、河内から大和へ入る際、長髄彦と戦い破れてしまいました。
その際に退却した場所が今の日根野の地で、ここで日の神様である「天照大御神」、根の神様である「須佐之男命」を祀った所、そのご利益からか見事大和を平定。
その事から「日根野」という地名が生まれ、そして神社の名前を「日根神社」にしたと伝えられています。

現在は日根野駅周辺はマンションが多く建ち、日根ジャスことイオンモール日根野もあり発展しています。
一方、日根神社の周辺は落ち着いた農村の雰囲気で、そのグラデーションが日根野の面白さでもあり魅力かもしれませんね(^o^)
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野々宮集会所。
純和風建築の重厚な雰囲気がたまりません。

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四の鳥居。

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鐘楼。
神社に鐘楼は珍しいと思い調べてみると、実際には隣接する寺の「慈眼院」の鐘楼でした。
もっとも慈眼院自体が日根神社の神宮寺として開創された経緯があります。

かつて日本は「神仏習合」が当たり前に行われており、神社の中にお寺(神宮寺)が設けられるのが普通でした。
明治維新の「神仏分離令」で神仏習合は無くなったことになりましたが、実際には今でも寺の中に神社があるケース(京都の清水寺、和歌山の粉河寺)や、この日根神社のように神社の隣が寺(慈尊院)というケースがあり、完全に無くなったとは言えません。

ちょっと長くなってしまいましたので、続きは明日に回しますm(_ _)m
ラベル:日根野 日根神社
posted by 大阪のしろきち at 00:00| 大阪 ☁| Comment(0) | 街あるき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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