2020年05月27日

蟻通神社(2020年5月)

こんばんは!(^o^)
一昨日・昨日の日根神社に引き続き、泉佐野の由緒ある神社を巡ります。

今日は「ありとほし薪能」の蟻通神社(大阪府泉佐野市)です。
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蟻通神社の赤鳥居。
かつてはもう少し境内が広かったようですが、第二次世界大戦で軍用飛行場を建設する際に移転させられ、現在の形になりました。

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参道の左右に並ぶ石灯籠。

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左と
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右の狛犬に迎えられて、いよいよ橋を渡り門をくぐります。

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石橋は叩かずに渡ります・・・・・

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拝殿の真正面に立派な能舞台が。

蟻通神社の創建は弥生時代中期、つまり紀元前400年から西暦50年の間ですから、少なくとも2000年近い歴史を誇ります。
そして能曲の「蟻通」は、紀貫之が誤って蟻通明神の神域に騎馬のまま入ってしまったことで、明神の怒りを買い、馬が急に死んでしまいます。
これに驚いた紀貫之は明神の許しを請うためにある詩を詠んだのですが、その詩に蟻通明神への謝罪の意を込めたものがあったことから、蟻通明神はこれを許し、馬を生き返らせたという故事を、世阿弥が作曲し世に広めました。

この縁から2012年(平成24年)より「ありとほし薪能」が奉納行事として行われています。
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この能舞台は1658年から1661年の万治時代の間に再建されたものだそうです。
毎年開催される「ありとほし薪能」もここで行われます。

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拝殿。
拝殿の奥に本殿がありますが、ここからだと見えません・・・^^;

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摂社。
この神社では六社明神といい、智恵神社・愛宕神社・多賀神社・住吉神社、そして和泉五社が並びます。
写真では智恵神社・愛宕神社・多賀神社が写っています。

先程、「第二次世界大戦で軍用飛行場を建設する際に移転させられ、現在の形になりました。」と書きました。
この文脈に違和感を覚えた方もいるかもしれませんが、実は戦時中、泉佐野には飛行場(佐野陸軍飛行場)がありました。
その軍用飛行場こそが「佐野陸軍飛行場」なのです・・・・・

終戦のち軍用飛行場は閉鎖。
それから約半世紀後、今度は大阪湾に民間機用の空港(関西国際空港)が開港するというのは、あまりにも数奇な運命を感じずにはいられません。
(いずれ佐野陸軍飛行場の事は記事にしたいと思います。)
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最後に手水舎を一枚。
ラベル:蟻通神社
posted by 大阪のしろきち at 00:00| 大阪 ☁| Comment(0) | 街あるき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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