2021年02月25日

推古天皇陵と叡福寺(大阪府南河内郡太子町・前編)

こんばんは!ヽ(=´▽`=)ノ
日曜日は観心寺、建水分神社、そして推古天皇陵と聖徳廟こと叡福寺を参拝してきました。

今日は推古天皇陵と叡福寺(聖徳廟)を前後編に分けて取り上げていきます。
建水分神社からバイクで北へ走り抜け、途中道の駅で休憩を取ったあと、まずは推古天皇陵へ。
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推古天皇陵への入口。
小高い丘になっています。

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スロープを登っていきます。

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拝所。
仁徳天皇陵古墳と似たような雰囲気です。宮内庁管理の古墳は同じようなスタイルですね。

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当然のことながら、ここから先は立ち入ることが出来ません。

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回りは農村地帯です。

この推古天皇陵は正式名称を「山田高塚古墳」といい、第33代天皇の推古天皇(日本初の女帝ですね)とその子の竹田皇子が被葬されているとされています。

推古天皇は日本初の女帝であり、その摂政としてかの有名な聖徳太子(厩戸皇子)があたりました。
今で言えば推古天皇が社長なら、聖徳太子は極めて有能な副社長といったポジションと言えるかもしれません。
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発掘調査が行われている二子塚古墳。
実はこちらに推古天皇と竹田皇子が被葬されていたのではないかという説もあります。

推古天皇と聖徳太子、被葬地まで同じ太子町内というのが実に面白くあり、ロマンを感じますね。

推古天皇陵を見ていたら聖徳太子が眠る聖徳廟も見たくなりました。その聖徳廟があるのは叡福寺です。
(推古天皇と聞けば、どうしても聖徳太子を思い浮かべてしまいますね^^;)
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弘法大師堂。

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見真大師堂。

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弘法大師の像。
これを見るとこの寺は真言宗系だということが分かります。

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最後は念仏堂。

次回は聖徳太子の眠る叡福寺を詳しく見ていきたいと思います。
posted by 大阪のしろきち at 00:00| 大阪 | Comment(0) | 寺社仏閣巡り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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