2020年03月20日

火山都市・鹿児島を歩く!(鹿児島市内を散策する)

こんばんは!(^o^)
今日は火山都市・鹿児島を歩く!シリーズの最終回として、鹿児島市のアチコチをフラリと歩いていきます。
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鹿児島市役所本庁舎。
1937年(昭和12年)に完成し、1945年(昭和20年)の鹿児島大空襲にも耐え抜きました。
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鹿児島市役所東別館。
1986年(昭和61年)に完成したインテリジェントなビルです。

鹿児島市役所を南に下れば、鹿児島随一の繁華街・天文館&金生町です。
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山形屋。
1916年(大正6年)に建てられた本格的なデパート建築で以降増築を重ね、今に至ります。
1999年(平成11年)に昭和初期の姿に復元されました(*´ω`*) 実に壮麗です。

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南日本銀行本店。
1937年(昭和12年)に建設され、現在も現役で稼働しています。

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鹿児島銀行新本店ビル。
2019年(令和元年)12月に竣工したばかりの真新しい建物で、2020年(令和2年)の春頃に本店が移転する予定です(*´∀`)

金生町は鹿児島経済の中心部でもあるようです。
鹿児島市内をバスでぶらぶらとした後、日が暮れてきたのでボチボチ鹿児島中央駅方面へ戻ります。
(ホントは谷山や鴨池もしっかりと取り上げたかったんですがね・・・)
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鹿児島市電武之橋変電所。
石造りの外観が特徴的で、2016年(平成28年)に再建されました。

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夕暮れの天文館。
これから賑わう時間ですが新型コロナウイルスの騒動でどうなることやら・・・・・
早く沈静化してほしいものです(´;ω;`)

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鹿児島中央駅前の若き薩摩の群像。
薩摩藩の英国留学生の像が立っています。
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ここ鹿児島から今の日本が出来ていったんだと思うと、感慨深く感じます。

夕食はざぼんラーメンで一杯を上げ、新幹線で博多へと戻りました。
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鹿児島中央駅の新幹線ホーム。

今度は知覧方面へも足を伸ばしたいと思いますし、せっかくなら一泊して温泉を堪能したい所です(*´∀`)
いずれにしても早い所、新型コロナウイルスの騒動が収まってくれる事に期待したいものです・・・
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2020年03月19日

火山都市・鹿児島を歩く!(桜島320円蜻蛉返りクルーズ)

こんばんは!(^o^)
昨日までは3日連続で仙巌園・集成館を取り上げましたが、今回は鹿児島のシンボル「桜島」を海の上から見ていきたいと思います。

鹿児島交通の「まち巡りバス」に乗って、仙巌園からかごしま水族館前・桜島桟橋へ向かいます。
(「カゴシマシティビュー」がちょうど出発してしまった後なので・・・・・^^;)
鹿児島港では運賃を払わずに、そのままフリーパスでフェリーに乗り込みます。
船内のうどん屋、売店を尻目に最上階のデッキを陣取ることにします(*´∀`)
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同僚の船とちょうど入れ替わりでの出港です。

ここから15分のショートクルーズが始まります!
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いおワールドかごしま水族館。
その脇には小型水中作業船「はくよう」が展示されています。

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本港区北埠頭ターミナル。
マルエーフェリーの奄美航路がここから発着しています。

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三島村営定期船の「みしま」とマルエーフェリーの「フェリーきかい」が並びます。

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フェリーから見る桜島。
錦江湾にドンと存在感をもって佇んでいます。

桜島フェリーは西桜島村が1934年(昭和9年)に開設した航路が前身で、桜島町・鹿児島市と引き継がれています。
現在は5隻の船が24時間毎日絶え間なく運航しています。
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第十五櫻島丸が鹿児島港に向けて悠々と航行していました。

そうこうしている内に桜島港に到着です!
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2011年(平成23年)就役の桜島丸が出迎えてくれました。

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月讀神社の石鳥居。
どことなく南国の雰囲気を感じます。

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桜島港フェリーターミナル。
2018年(平成30年)に建て替えられ、非常に綺麗な建物になりました(*´ω`*)

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鹿児島港側の桜島フェリーターミナル(1998年(平成10年)に竣工)。
実質蜻蛉返りで戻ってきました^^;

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桜島を背景に鹿児島交通のバスを一枚!(^o^)

次回、最終回として鹿児島市内を見ていきます(#^^#)
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2020年03月18日

火山都市・鹿児島を歩く!(集成館の名残をみる)

こんばんは!(*´∀`)
昨日までは仙巌園を取り上げてきましたが、今日は日本初の本格的コンビナートの集成館を見ていきます。

1851年に当時の薩摩藩主であった島津斉彬によって、事業が始まりました。
反射炉による製鉄や造船、ガラス加工、更には武器弾薬や食品も製造されており、手広く行われていました。
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2015年に「明治日本の産業革命遺産」として旧集成館の反射炉跡・機械工場、そして異人館が世界文化遺産に登録されました。

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反射炉跡。
かつてはここに反射炉があり、実際に鉄製の砲弾などに使う鉄が製造されていました。

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ここから日本の重工業が始まったと言っても過言ではありません。
尚古集成館の館内(撮影禁止だったので写真はありませんが・・・)では、立派な反射炉の復元模型が展示されていました。

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現在残っている箇所は送風口の相当する部分で、ここから反射炉に空気を送り温度を上げることによって鉄を溶かしていました。

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残念ながら1863年の薩英戦争で破壊されてしまい、今はこうして基礎しか残っていませんが、ここから日本の重工業は始まったと言っても過言ではなく重要な証です。

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日本庭園と日本初の工業コンビナート。
一見すると相容れないものですが、それだけ鹿児島の進取の気性を感じられるものでもあります。

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旧集成館機械工場(尚古集成館本館)。1865年に完成した日本でも最古の石造による洋風建築です。
館内は博物館になっており、集成館に関する展示物や島津家に関する展示物が豊富に展示されていました(*´∀`)

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重厚な石造りの建物、玄関もなかなか良い雰囲気です。
ただ残念ながら館内は撮影禁止(´;ω;`) ぜひとも皆さんの目で見ていただきたい所ですm(_ _)m

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尚古集成館別館。
こちらは1990年に完成しましたが、本館に外観を合わせてあります。

実は紡績事業も集成館事業の一つとして1867年には鹿児島紡績所が建てられています。
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仙巌園の敷地を出て、セブンイレブンを近くを通り抜けると旧鹿児島紡績所の石碑が立っています。
尚古集成館本館の内部では鹿児島紡績所で使われてきた紡績機が展示されています。

鹿児島紡績所で学んだ技術者が日本各地に散らばり、富岡製糸場(世界文化遺産)などといった紡績所・製糸場が出来ていきました。
この一帯から日本の近代産業が始まり、そして今の先進国・日本が作られるキッカケが出来たわけです。
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旧鹿児島紡績所技師館(異人館)。日本でも最初期の本格的な洋風建築で可愛らしい建物です(*´ω`*)
こちらは鹿児島紡績所の外国人技術者が居住する建物として1867年に建てられました。
1897年に閉鎖し、その後鹿児島城近くの学校に移築された後、再び今の場所に移築されました。

それでは次回は桜島をフェリーで320円でクルーズします!(*´∀`)
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